あらすじ

盤上の夜は、短篇集です。
四肢を失ってから、囲碁に出会った少女。
まるで囲碁盤を自分の感覚器のように捉え、天才的な打ち筋を魅せる。
しかし、それは彼女にとって幸せなことだったのだろうか。
ーーーー苦難を背負った天才女流棋士の生き様を追う【盤上の夜】
実在した盤上遊戯の伝説。
チェッカーに生きた一人の男と、チェッカーを終わらせた人工知能との闘い。
人と機械、どちらに神は宿るのか。
ーーーー終わった盤上遊戯に、かつて君臨し続けた伝説の男【人間の王】
ひりつくような緊張感の中で、四人が卓を囲う。
極限の状態は、人の本性を剥き出しにさせた。
自分が欲しているものが、本当に自分を救ってくれるとは限らない。
ーーーーたった一局の戦いに、人生が滲む【清められた卓】
将棋やチェスの起源と考えられている盤上遊戯、チャトランガ。
一説には、戦争好きの王に戦争を辞めさせるために献上されたとされる。
かつてこの盤上遊戯を作り出した者は、争いの絶えない世に何を想ったのだろう。
ーーーー生きるためには、暗闇に目を向ける必要がある【象を飛ばした王子】
自死した彼女は、将棋の天才兄弟に何を残したのか。
正気を失った先に神話の世界に踏み入った弟を、そこに誘った女を。
兄はどう受け止めて生きていたのか。
ーーーー追い詰められた狂気は、人を人ならざるものに変えてしまう【千年の虚空】
狂気の最中にありながら、ほんのわずかの正気を取り戻した彼女。
苦難を乗り越え、穏やかな時間とともに自分を見つめなおす。
かつて囲碁の天才と謳われた少女は、今、何を想うのか。
ーーーー遥か昔の伝説の一局に想いを馳せる【原爆の局】
こんな人におすすめ!
何かに熱中し、没頭した人の生き様に触れたい
特徴的な味のある短篇集を読んでみたい
宮内悠介作品に興味がある
感想:何かひとつの物事に取り憑かれた人間を描いた短篇集

宮内悠介さんの作品では、文化や環境を通して「自分らしさとは、パーソナリティとは」というところを深堀りしていく物語が多い印象です。
しかし、この盤上の夜はまた一味違った印象を受けました。
盤上遊戯というテーマを通して、そこに人生を懸けた人物たちの狂気に近い熱量を描いた作品だったと思います。
「好きだから集中できる!」
「得意だからなんとか続けられている」
という前向きな理由では決してありません。
何かに取り憑かれたかのように、強迫観念に押しつぶされるかのように盤上遊戯に没頭する人物たちの生き様は、読んでいて思わず息を呑むような迫力がありました。
「読んだことない作家さんだけど、短篇集だから気軽に読めるかな?」
と思って手に取った作品でしたが、良い意味で期待を裏切られたことを鮮明に覚えています。
短篇とは思えない濃厚で重厚なストーリーは、読書慣れしている方でも満足できるようなボリュームではないでしょうか。
感想:狂気が誘う常軌を逸した領域は、死と隣り合わせである

この短篇集では、そのほとんどで盤上遊戯の天才たちが短篇の主人公を担っています。
四肢を失った代償として、囲碁盤を感覚器のように感じることで碁を指す女流棋士
機械と決着をつけるまで、誰よりもチェッカーで勝利を掴み取り続けた男
統合失調症を発症しながらも、非凡の打ち筋で将棋界を震撼させた男
など、それぞれの主人公たちがそれぞれの狂気で、まわりの人たちを魅了していきます。
そして、どの短篇でも天才たちの人生は順風満帆ではありません。
自分の世界に、感覚に、深く深く潜るにつれて精神が追い詰められていく。
やがて精神を病み、体を壊していくなかで、死が間近に迫るその瞬間に、まるで神が宿ったかのような境地に至る。
そこに行きつくまでの描写が圧巻でした。
個人的には、心が暖まるような穏やかな作品が好きだと思っていたのですが、小説だからこそ出会える波乱万丈な物語や人物の魅力に気付くことができた作品だと思います。
感想:表題作が特に印象深く、この短篇の世界に一気に惹き込んでくれた

表題作であり、最初に収録されている短篇「盤上の夜」についてほんの少し触れさせてください。
この作品は、私が手に取った初めての宮内悠介さんの作品だったのですが、最初の物語から思い切り惹き込まれて衝撃を受けた作品だったんです。
囲碁盤を感覚器のように扱う。
そこに打たれると寒い。
ここに打つと痛い。
その感覚に従って囲碁を突き詰めていくなかで、どんどん身を削ることでしか高みを目指すことができなくなってしまった女流棋士、灰原由宇。
それは確かに非凡であり、天才だからこそ感じることができる感覚なのですが、読んでいてとても痛々しかったんですよね。
自分自身を痛めつけてでも、という狂気を抱えながら囲碁に溺れていく様子が生々しく描かれていました。
逃げられないんです。本人も、その物語を読んでいる読者も。
気が付けば、そこにある迫力と緊張が一気に私の気持ちを鷲掴みにしていました。
また、その天才を支える立場にある周囲の人の気持ちに感情移入してしまうと、余計痛々しさに拍車がかかるかのように感じるんです。
囲碁に向き合い続ける主人公「灰原由宇」と、それを支える「相田淳一」九段の関係性が絶妙でした。
どんどん追い詰められていく灰原由宇を目の当たりにしながらも、凡人の自分では止めることはできない。
いや、そもそも止めることが正しいのかさえもわからない。
彼女にとっての幸せとはなんなのか、考えてもわからない。
支える立場としての葛藤を抱えながらも、最終的に二人の関係はどのような形に落ち着くことになるのか、という点も見逃せないドラマでした。
「ことによると、わたしは由宇との関係にこだわるあまり、まったく無関係の観念に囚われているのかもしれません。…いや、きっとそうなのでしょう」
盤上の夜 表題作:盤上の夜より
「しかしーーいったい人から観念を取ったら、どれだけが後に残るというのですか!」
天才に魅了され、その苦悩を分かち合って寄り添う純粋さと、その傷つく天才を止めることなく支え続ける自分勝手さの葛藤は、胸に刺さるものがあります。
彼女の碁を守りたいという気持ちは、彼女のためなのか自分のためなのか。
もし、自分のためだとしたら、とても胸を張って他人に言えることではない。
でも、その観念が否定されたとしたら、人の気持ちというものはどれほどの価値が残るのでしょう。
たとえば、よく耳にする、
「今の仕事は、人の役に立てるから好き!」
という気持ちも、人の役に立てている自分が好きなのであって、本当にその人のためだけに人生を投げ打つことができるのでしょうか。
きっと、簡単ではないですよね。
自分のために、灰原由宇を追い詰めているのではないかという相田淳一九段の葛藤も納得できます。
でも、自分勝手なその気持ちが、もしも相手のためにもなっているんだとしたら…それはどれほど心が救われることでしょう。
身を削りながら神秘を魅せてくれる天才と、それを傍で見守る凡人の葛藤。
物語のラストで描かれる結末は、短編であることを忘れてしまうほど心を動かす幕引きでした。
読み終えた時には、何とも言えない気持ちが胸に溢れるような作品でしたね。
気軽に読み始めた小説でしたが、個人的にはお気に入りの小説になりました。
これまでの自分の趣味とは全く違う小説に出会えると、やっぱり嬉しいですね。
この作品をきっかけに、私は宮内悠介さんの他の小説にものめり込んでいきました。
普通に生きていく上ではまず出会うことのないであろう天才たち。
その人生に触れることで、天才というものの凄さと恐さを垣間見ることができました。
盤上の夜 (創元SF文庫) [ 宮内悠介 ]
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同じく宮内悠介さんの作品です。将棋に人生を狂わされた人々の事件が描かれています。
ブルーネス (文春文庫) [ 伊与原 新 ]
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