あらすじ

多様性、それは寛容な考え方である。
と、安易に振りかざしていいものなのでしょうか。
多様性とはどこからどこまでを指すのか。
どれほどの多様さなら許してもらえるのか。
もし、自分の個性が“多様性の枠にすら含んでもらえないようなもの”だったら。
とある秘密を抱えた二人の男女が、多様性の外でも生きていくために手を組んだとして。
果たして安心して生きていくことができるのでしょうか。
秀でた言語化能力で見てみぬ振りを許さない。隠している人間の感情を暴き出す、朝井リョウさんの傑作、問題作です。
こんな人におすすめ!
コーヒー片手に、なんて優雅な読書を許さない刺激的な作品が読みたい方
人の痛み、価値観について考えさせられる物語が好きな方
朝井リョウ作品を手に取ってみたい方
正欲:感想

『正欲』は、私が初めて読んだ朝井リョウさんの作品でした。
「どんな作品を書く作家さんなのかな?」「よく名前を聞くから試しに読んでみようかな」と軽い気持ちで手に取ったのですが、その鋭すぎる切れ味に衝撃を受けたことを覚えています。
特に『正欲』に関しては、冒頭からグッと胸を掴まれる感覚でした。
私はずっと、この星に留学しているような感覚なんです。いるべきではない場所にいる、そういう心地です。生まれ持った自分らしさに対して堂々としていたいなんて、これっぽっちも思っていないんです。私は私がきちんと気持ち悪い。
『正欲』より引用。
誰のものとも知れない、独白から始まる物語。
こういう演出、大好物なんです。
しかも、書かれている内容が結構ヘビーで、“ずっと何かに耐えていた人の悲鳴”のような気がして、一気に物語に惹きこまれてしまいました。
その勢いのままにページをめくると、待っていたのは“安全圏”から多様性を受け入れようと呼びかける社会への痛烈な皮肉。
それと、“多様性の枠にすら含んでもらえないようなマイノリティ”を抱えた人たちの苦しみと葛藤だったんですよね。
決して軽はずみに面白いと言えるような内容ではありませんでしたが、この作品を読む前と読んだ後では明らかに価値観が変わってしまうような内容でした。
多様性を受け入れるって、簡単に口にしていいものなのか。
マジョリティ側に立っている自分が、気まぐれに手を差し出しているだけの傲慢な考えじゃないのか。
改めて“人の価値観に寄り添う”その難しさを痛感させられた作品だと思います。
正欲:心に刺さったシーン

特に心に刺さったのは、夏月と佳道が生まれて初めて自分の“癖”について互いに打ち明けるシーン。
「親が死んだとき、まず」
「正欲」より引用
「よかった、って思ったんだ」
「自分が特殊性癖だって気づかないうちに死んでくれた、これで辻褄が合ったって」
「たぶん、自分が死ぬときもそう思うんだよ、俺」
「正欲」より引用
「よかった、誰にも気づかれなかった、これで辻褄が合った、って」
「何なんだろうな、その人生」
この告白のセリフを見て、佳道のこれまでの生き方を想像してしまったんですよね。
みんなと同じように生きたかった。
みんなと違う自分が恥ずかしかった。
これからも、ずっと隠し続けていくしかないんだとしたら…。
そんな息苦しさと諦めみたいなものが伝わってきたような気がしたんです。
みんなが大切な人と楽しく過ごすはずの“お正月”や“クリスマス”が、自分にとっては「お前は一人きりなんだ」「誰とも笑って生きてはいけないんだ」と囁いてるように聞こえてしまう。
とんでもない世界ですよね。
でも、それを“とんでもない世界”だなんて他人事のように捉えてしまうこと自体が恥ずかしい気もしました。
感情移入してしまうーーーでも感情移入して良い立場なのかも悩んでしまう、そんな行き場のない気持ちで頭の中がいっぱいになるシーンだったと思います。
そして、このシーンの後から佳道と夏月はお互いに支え合いながら、お互いの秘密を守っていくという“協力関係”を築いていくのですが、順風満帆とはいきません。
終盤にかけてまで、まだまだマジョリティ側の息苦しさを深掘った息継ぎもできない展開が続いていくことになります。
逃げたくなるような人間の気持ちから逃がしてくれない、そんな朝井リョウさんの真骨頂が詰まった作品ではないでしょうか。

なんて偉そうなことを思いながらも、多様性について語っているメディアを見ては「良いこと言ってる」と呑気に頷く自分もいます。いやはや、都合がいいですよね。
この作品が好きな方へ:管理人おすすめ小説
誰にも聞こえない“助けて”を聞くためにはどうしたらいいんだろう。他のクジラには聞こえない“52ヘルツ”で鳴く実在のクジラをモチーフに、ひとりぼっちにならないための優しい物語が描かれた作品です。
少し大人びた、我が道を行く女の子が“幸せとはなにか?”を見つけるまでのお話。失敗や不安、人との関り方に優しく寄り添ってくれる住野よるさんの傑作です。


コメント