あらすじ

人の命が軽く、ないがしろに扱われる世界。
「ヨハネスブルグの天使たち」は泥沼の内戦や、アメリカの9.11テロの悪夢を舞台に、懸命に自分の人生を生きる少年少女の物語が描かれた短篇集です。
どの短篇も、日本製の玩具人形「歌姫」と呼ばれる機械が登場し、物語に深く関わってきます。
簡単に人が死んでしまう世界で、何を信じて生きればいいのか。
荒んだこの世界で、自分の心の拠り所となるものはなんなのか。
「人の信仰を決めるのは、場所であり、座標である。」
この言葉が本当なのだとしたら、過酷な世界を生きる少年少女たちが信じるべきものはなんなのでしょう。
人種差別の現実を描いた表題作、「ヨハネスブルグの天使たち」
アメリカの9.11テロの再現を描いた「ロワーサイドの幽霊たち」
宗教の違いから、迫害され虐殺された民族の過去に触れる「ジャララバードの兵士たち」
入り乱れる人種の中で、多様性を認める難しさが主題の「ハドラマウトの道化たち」
退廃した世界で、現実を生きることを辞めた人々を描く「北東京の子供たち」
どの短篇も、人の生き死にを色濃く描いた作品です。
三島由紀夫賞、日本SF大賞を受賞した作家である宮内悠介が贈る、「人の業と本質に迫る」近未来SF小説。
こんな人におすすめ!
退廃的なSF小説を読みたい!
過酷な環境で生きる人の人生観に触れてみたい
宮内悠介作品に興味がある
感想:SF小説を好きになったきっかけの作家

宮内悠介さんは、私がSF小説を好きになったきっかけの作家さんです。
それまでの読書との付き合い方、楽しみ方を覆し、読書の幅を広げてくれたような作家さんでした。
宮内悠介さんが描くSF作品は、
・人の思想や生き方など、内面に当てられた焦点
・人の生き死にが色濃く描かれる物語
・過酷な環境だからこそ際立つ、生きることへの熱量
などが特徴的かなと、個人的には思います。
初めて宮内悠介さんの作品を手に取った時、平穏な日常生活を生きてきた私には、過酷な環境に身を置く人間の剥き出しの生き様というものが、深く心に残りました。
「なんとなく毎日を生きているけど、それがどれだけ幸せでもったいないことなんだろう。」
と感じてしまうような読後感が癖になったんです。
これまでは青春物語とか感動の人間ドラマなど、悩みを描きながらもどこか心が暖まって居心地の良い作品が好みだったのですが、全く違った読書の楽しみ方を知ることができました。
この「ヨハネスブルグの天使たち」もそうなのですが、
・火星に移住した人々の精神疾患と向き合う精神科医の物語「エクソダス症候群」
・日本から遠い異国で暮らし、自分のルーツに悩む女性を描いた「カブールの園」
・囲碁、将棋などの盤上遊戯に命を懸けた人間の狂気を描く「盤上の夜」
など、他の作品でも、人間が生きていくうえで抱える悩みや、生きる原動力となる熱狂の描き方が鮮烈なんですよね。
個人的には、とても良い作家さんに出会えて良かったなと思える作品ばかりです。
ゆっくり時間をかけてでも、他のすべての作品も触れていきたいですね。
感想:退廃的な世界観の中に、それでも見え隠れする人間らしさ

これまで私が読んできた宮内悠介さんの作品のなかでも、この「ヨハネスブルグの天使たち」は、特に退廃的な世界観が全体を通して描かれているような気がしました。
どの短篇でも、日本製の玩具人形“DX9”という名称の機械が、
・戦争兵器
・テロの再現道具
・歌姫
など、様々な役割を持って登場します。
時には人を追い詰める存在として、時には人の心の拠り所として描かれる彼女たちは、物語の登場人物たちの奥底の気持ちを引き出していくのです。
表題作でもあるひとつめの短編、ヨハネスブルグの天使たちでは、ただ落下を続ける廃棄物として描かれていました。
過酷な人種隔離政策である“アパルトヘイト”が続いた南アフリカを舞台に、歌姫は空から落下し続けます。
そのような状況に至った経緯はこうでした。
かつて南アフリカにも拠点を置いて活動していた、“DX9”を製造する日本企業が、南アフリカの内戦の勃発を機に、落下耐久テストが行われたままの施設を放棄したのです。
結果、残ったのは落ち続ける歌姫でした。
物語は、その落下する歌姫を横目に、廃墟となった施設でひっそりと暮らす少年少女の暮らしから始まります。
南北の内戦は激化し、人々の心も荒んでいる状況の南アフリカ。
盗難や殺戮は当たり前。
差別や暴力だって当然のように身近にある生活で、一人の少年は日々を懸命に生きていました。
危険な橋を渡る盗難で生計を立てていくなかで、日々の生活に疑問を感じているスティーブ。
「こんな善悪の境界も曖昧な日々の中で、自分は何を信じて生きていけばいいのだろう」
漠然とした疑問は、緩やかに、しかし心の奥底に確かな重しとなって存在しています。
神への信仰が自分を救ってくれるわけでもない、この過酷な土地で、それでも教会に足を運び、信仰に頭を悩ます自分はなんなのだろうか。
一歩、教会を出れば、日々の生活を送るためにギャングのような思考に切り替わっている自分。
あるいは、信仰を決めるのは、一人ひとりの内面ではないのかもしれないな。場所であり、座標なのだ。
ヨハネスブルグの天使たち 本文より
自分というものを持つ余裕のなさでは、信仰の自由などないのではないか。
自分らしさなどというものは、自分の内面ではなく、場所や環境に左右されるのではないか。
だとすれば、自分らしく生きていく意味なんていうものは、きっとどこにもないのだろう。
生きていくためには躊躇いもなく悪事を働くしかない現実は、彼の人生を空しいもので蝕んでいくのです。
感想:過酷な環境だからこそ、自分が本当に大切にしているものに気付く

このスティーブの心情は、毎日をただなんとなく生きていた私にとっては、心に刺さるものがありました。
私は彼とは違い、自分の生き死にや明日の食料への不安とは程遠い環境で生きています。
心に余裕があり、何を大切にして生きていくべきか、考える時間も実行する自由もあるはずなのです。
人としての礼儀や他者への思いやりを大切にしたくても、日々の劣悪な環境のせいで実行できず、結局は自分のためだけに生きるしかない不自由さなど、私は感じたことはないのです。
モノが溢れ、生きていくことへの不安もなく、満足もない。
こんな贅沢な環境に身を置いていることから、私は彼らのように、必死に生きてはいなかったのです。
しかし、自分の生き方を選べる環境になかったはずのスティーブは、成長していきます。
過酷な環境を生き抜き、大切な恋人であるシェリルとともに生きていくなかで、彼は自分が本当に大切にしていたものに気付くことができたのです。
彼は心の中でつぶやいた。信仰を決めるのが場所だと言うならばーーーーあの場所は、無神論の場所ではなかったんだ。あそこは俺にとって、最初から最後まで、シェリルの場所だったんだ。
ヨハネスブルグの天使たち 本文より
確かに自由はなかった。
生きていくためには、思いやりや善悪の基準なんて気にしてる余裕はなく、自分が思うような生き方なんて、環境が許してくれなかった。
それでも、振り返れば彼はすでに生き方を見つけていたんです。
愛する恋人のために手を汚し、苦悩し、空から落ちる歌姫を眺めながら、這い蹲ってでも生きていたあの時間こそが、かけがえのない日々だったのだと。
自分の人生を真摯に生き抜いた彼の生き様は、ぼんやりとただ生きてきた私の生き方を、改めて考え直すきっかけにもなりました。
余裕があり、日々の生活が穏やかだからこそ見失いやすい人の本質というものを、この小説が気付かせてくれましたね。
本当に、読書というものは自分の内面をよく掘り下げてくれるものです。
そのことに気付かせてくれた宮内悠介さんの作品を、これからも楽しみにしながら読書を続けていこうと思います。
今回の記事を読んで、「ちょっと気になるかも…」と思った方は、ぜひ手に取ってみてください。
毎日の生活が、何か変わるかもしれません。
「なんでもあるという環境」では自分の大切なものは埋もれてしまいます。それでも自分の胸に手を当てて、いつでも思い出せるようにしておくことができれば、きっと自分らしく生きていけるはずです。
この作品が好きな方へ、個人的におすすめする小説
エクソダス症候群 (創元SF文庫) [ 宮内悠介 ]
舞台は火星開拓地、テーマは精神医療史。人間の抱える心の病に向き合う精神科医を描いた、宮内悠介さんの作品。
島はぼくらと (講談社文庫) [ 辻村 深月 ]
島で生きる高校生たちの現実を、優しく描いた辻村深月さんの作品。宮内さんの作品の後に読むと、より気持ちが安らぎます。


コメント