【感想】名前探しの放課後/辻村深月~痛みを共有していいのは、きちんと一緒に生きていこうとしている人だけ~

感想

あらすじ

「あれは、何でまだあそこにあるんだろう。」

高校生である依田いつかがタイムスリップを自覚したきっかけは、些細なことでした。

撤去されたはずの看板
結末がわかっている友人とのケンカ
“まだ”妊娠中の姉

いつかは、自分が3ヶ月前に経験したはずの出来事が繰り返されていることに気付きます。

「落ち着けよ。こんなことあるわけない。」

どうして…?なぜ…?困惑しながら、焦りながら辿っていく記憶の中にーーーー違和感を感じました。

どうしても思い出せないことがたったひとつ。

それは、今から3ヶ月後の始業式の日に告げられた、自殺してしまった同級生の名前

思い出せない誰かを見つけ出し、痛みを共有するために、名前探しの放課後が始まります。

こんな人におすすめ!

ラストスパートの大どんでん返しを楽しみたい!
悩みながらも駆け抜けるような青春物語が読みたい
辻村深月作品に興味がある

感想:物語冒頭の衝撃

辻村深月さんの作品では、これでもか!というほど若者の繊細な心の動きが上手く表現されている印象です。

悩みなんてない!と考えられるほど幼くはなく
かといって広い視野で物事を見れるほど大人でもない

そんな“未熟な年頃”だからこそ感じてしまう息苦しさというものに、優しく寄り添ってくれる作家さんですね。

今回お伝えしたい「名前探しの放課後」では、人の抱える心の痛みに焦点が当てられていました。

物語の冒頭は、名前も何も明かされていないとある人物が自殺する描写から始まります。

静かで人通りのない吊り橋。

季節は真冬で、静謐な空間に響く川音と暗い夜が、その人物の心情を表しているかのように描かれていました。

誰もいないたったひとりの空間で、その人物は眼下に広がる川を見つめています。

押しつぶされそうな不安と葛藤を抱えながら、決意するまでには時間はかかったのでしょうか。

泣きながら、それでも突き動かされるように身を投げたその人物は、一体誰なのでしょう。

私はこの冒頭を読んだとき、

「え、いきなり自殺の描写から始まるの?」

と、ちょっとドキッとしてしまったのを覚えています。

ですが、傷を抱えた人物が自殺する瞬間の寂しさを、そして恐怖と葛藤が渦巻いているはずの心中とは正反対の周囲の静けさを綺麗な文章で表現しているこの冒頭に、私は思い切り惹きこまれてしまいました。

何が理由かなんてまだ全然わからなかったのですが、こんなに深い傷を抱えてそうな人物がこの後の物語ではどう描かれていくんだろう?と。

感想:名前探しの放課後の主要人物

自分がタイムスリップしてしまったことに気付いた依田いつかは、自殺してしまうかもしれない同級生を探し始めます。

しかし、いつかは自分ひとりではどうにもできないこともわかっていたため、クラスメートの坂崎あすなに協力を仰ぎました。

そうして名前探しを進めていくうちに、協力者が少しずつ増えていくのですが、基本的にこの二人が物語の中心となって話が展開されていきます。

名前探しをするにあたって、まず候補を絞るために考えられたのは、「同級生の中で、自殺してしまうほどの悩みを抱えていそうなのは誰か?」ということでした。

簡単に想像できるのは、いじめを受けていそうな同級生。

実際にいじめを受けている同級生を探し出し、その同級生を救うために二人は行動していくのですが、実は物語が展開されていくにつれて、「いつかとあすな」この二人の抱える痛みについて読者は触れていくことになります。

軽薄でチャラくて、何事にも適当に取り組んでいる態度が印象的な依田いつか。

彼は過去に必死に取り組んでいた水泳で怪我をしてしまい、泳ぐことを諦めたという痛みを抱えていました。

そして負けん気が強く、間違ったことを許すことができない性格の坂崎あすな。

彼女は幼くして両親を亡くし、祖父の元で生活を送っています。

そんな二人には、誰にも打ち明けることのできない心の傷があったのです。

この二人の心の傷、過去の失敗と言い換えてもいいかもしれません。

過去の失敗が今の二人の性格を作り出していて、そして今の自分を縛っている。

いじめを受けている同級生を救うために奔走しているうちに、二人は自分自身の痛みについても向き合っていくことになるのです。

感想:ほったらかしになっている“痛み”の深刻さ

自分の過去の失敗って、できれば忘れてしまいたいですよね。

でも、ふと当時の気持ちを思い出してしまった時。

嫌な気持ちは鮮明に、そして簡単に自分の気持ちを押し潰してきます。

乗り越えることができていればいいんです。

でも、そう簡単に乗り越えることができない失敗だってあったんです。

皆さんもそんな経験はあるのではないでしょうか?

名前探しの放課後の主要人物である、いつかとあすなも、乗り越えることができていない失敗に縛られていました。

いじめを受けている同級生に関わっていく中で、二人はそれを実感していきます。

「あの時なんで自分は上手くできなかったんだろう…」

「また同じ失敗を繰り返すのが怖くて挑戦なんてできない」

まだ未成熟な高校生である二人にとっては、その気持ちは特に強かったんだと思います。

そうして見て見ぬふりをしながら積み重ねた失敗は、ひとつひとつが足枷となって身動きが取れなくなってしまうのです。

そう、気付いた時には自殺を選んでしまうほど心が弱くなる人がいるくらい。

しかし、そこはさすがの辻村深月さん。

誰にも見えないように隠している奥底の痛みを、失敗を乗り越えるためのヒントを作中で描いてくれていました。

「あすなちゃんが痛みを自覚するよりも早くそれを察知して走り出してくれた人がいたから、あすなちゃんは蜂が痛かったことを覚えてないんだよ。それ、むしろ怪我の記憶じゃなくて、おじいちゃんの記憶だもん」

(名前探しの放課後 上巻より引用)

「依田くんの痛みを共有していいのは」
「きちんと、これからも依田くんと生きていこうとしてる、依田くんの家族だけだよ。盛り上がったり、痛みに酔ったり、そういうことをしないで、きちんと依田くんのために涙を流す人たち。」

(名前探しの放課後 下巻より引用)

人が傷ついた時、痛みを抱えてうずくまっている時、何が心を助けてくれるのでしょうか。

見て見ぬふりをしていれば時間が癒してくれるのでしょうか。

虚勢を張って自分や周りにウソをつき続ければ、傷は塞がってくれるのでしょうか。

決してそうではないことを、私たちは知っていますよね。

体の傷は時間が、心の傷は痛みを共有してくれる人の存在が癒してくれるはずなんです。

私はこの小説を読んで、自分の“痛み”との向き合い方に気付くことができたような気がします。

序盤の惹きこみから、中盤の登場人物たちの“痛み”の描き方、そして終盤ラストの大どんでん返しは読んでいて本当に面白かったです。

名前探しの放課後、素直に「読んでよかったなぁ」と実感できる作品でした。

今回の記事を読んで、「ちょっと気になるかも…」と思っていただいた方は、ぜひ手に取ってみてください。

辛い時、もう前に進めないと膝を抱えた時。
痛みを共有して一緒に歩いてくれる人が一人でもいれば、きっと前を向けるような気がします。


名前探しの放課後(上) (講談社文庫) [ 辻村 深月 ]


名前探しの放課後(下) (講談社文庫) [ 辻村 深月 ]

辻村深月作品は読む順番に注意!

※辻村深月作品は、登場人物が微妙にリンクしているため、読む順番に注意すると、さらに作品を楽しむことができます!

1.凍りのくじら


凍りのくじら【電子書籍】[ 辻村深月 ]


2.スロウハイツの神様(上下)
3.冷たい校舎の時は止まる(上下)
4.子どもたちは夜と遊ぶ(上下)
5.ぼくのメジャースプーン
6.名前探しの放課後(上下)
7.ロードムービー
8.光待つ場所へ
9.ゼロ、ハチ、セロ、ナナ

ちなみに、順番通りではなくてもそれぞれ単体で完結しているため、問題なく楽しむことはできます!

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