あらすじ

月まで三キロは、短篇集です。
負けがこんでいる。
そう思った時には、もう遅い。
ひとりの男が、人生の最期を求めてふらりとさまよった先にあったものとは。
「この先に、月に一番近い場所があるんです」
ーーーー死に場所を求めてタクシーに乗った男【月まで三キロ】
どうしてこうなったんだろう。
いや、原因は自分の性格だってわかっている。
どこに配置されても及第点の仕事をするが、手放せない人材とは思われない。
こんなはずじゃなかったのに。
ーーーー仕事一筋で生きてきた女が雪の結晶に心救われる【星六花】
自分の体で体感することなんて意味がない。
受験勉強で必要のない知識なんて何の役にも立たない。
だってお母さんがそう言うんだから、きっとそうなんだ。
ーーーー周囲の期待で潰れそうな男子小学生が化石に想いを馳せる【アンモナイトの探し方】
「うちの長男は、突然変異ばっかりや」
大学教授の兄、元ライブハウス店長の叔父、紙芝居作家を目指した祖父の兄。
かたや一家の次男坊は地味な人間ばかりで、家業を継いでいるのはずっと家系の次男坊。
フツーの人間ってつまらない。
ーーーー自分のやりたいことについて悩む一家の次男坊【天王寺ハイエイタス】
食堂を経営する父子家庭のもとに、ひとりの女性が常連客として訪れるようになった。
どこかミステリアスな雰囲気を纏う女性に対して、まだ幼い娘が突然訊ねる。
「プレアデス星でしょ!あなたのほんとのおうち」
ーーーー父子家庭のもとに訪れたエイリアンが見せてくれた遠い救いの光【エイリアンの食堂】
暑い夏の日ーーー家出をしてみた。
いつの間にか私は、家族にとって切り刻んでもいいものになっていたんだ。
専業主婦なんてそんなもの。仕方ない。
でも、気が付いたらもう最初の一歩を踏み出していた。
ーーーー家出した母親が一眼レフを片手に何を想うのか【山を刻む】
どの短篇も、心が折れそうで立ち止まった人の背中を、そっと押してくれるような物語が綴られています。
こんな人におすすめ!
心が暖まるような優しい物語が読みたい
さくっと読める面白い短篇集を読んでみたい
伊与原新作品に興味がある
感想:伊与原新の世界観

この本は、たまたま書店で見かけた時に偶然手に取った作品でした。
「月まで三キロ」というタイトルと、綺麗な青で描かれた月と街の表紙に心が惹かれたのを覚えています。
それまで文庫本でしか小説を買ったことがない私でしたが、思わず単行本を買ってしまったほどでした。
表紙に心が奪われたのは初めてでしたね。
そして、手に取ったきっかけは表紙だったこの作品ですが、読んでみて思い切り内容に惹きこまれたことも鮮明に覚えています。
伊与原新さんは、登場人物の心の脆さに、科学という切り口から光を当てるのがとてつもなく上手かったんです。
私自身、悩んだ時や苦しい時に心の拠り所にしていたのは、友人や音楽でした。
月、雪、化石、星空、山、そんなものが、心を救ってくれるだなんて思ってもみなかったんです。
この伊与原新さんの月まで三キロを読んで、初めて自然・科学に想いを馳せることができたように思います。
感想:暗い感情が抱えきれなくなる瞬間

皆さんは生きていくなかで、どん底まで落ち込んだ経験ってありますか?
私は結構あったと思います。
交友関係で悩み、進路で悩み、仕事で悩み、その度に自分に嫌気がさして何もかもが嫌になって落ち込んでしまう。
周りから見れば大したことのない悩みだったかもしれないのですが、私自身にとってはその時々で身動きが取れなくなってしまうほど重たかったんです。
はじめは自分でも大したことないと感じていたような、あるいは見て見ぬふりをして遠ざけていた気持ちが、じわじわと胸を苦しくする感覚。
それは、気が付いたら一人で抱え込むには辛すぎるほど重たくなってたりするんですよね。
この月まで三キロに登場する主人公たちも、それぞれが抱えきれなくなった暗い感情に折り合いをつけることができずにいます。
周りからすればありふれたもののように感じる悩みが、各々の胸の内を暗い感情で埋めている状態から、科学や自然に向き合うことで物語が動き始めるのです。
感想:科学に想いを馳せるということ

どの短篇も落ち着いていて、静かな印象でした。
決して物語でしかみれないような劇的な悲劇や事故があるわけではなく、日常にある不安というものを丁寧に描きだしているところが、親近感を抱きやすかったです。
「今すぐに死んでしまうような悩みではないけど、ずっと胸につかえている…」
「なんとかなると思ってるけど、そんな日が来るのだろうか」
そんなどこか憂うつな雰囲気を纏っている導入からは想像できないほど、どの物語も最後は優しく暖かい着地で締めくくられています。
個人的には、5つ目の短篇である「エイリアンの食堂」が特に印象深かったです。
早くに母を亡くした娘に対して、研究者であるひとりの女性が送った言葉。
「実はわたし、百三八億年前に生まれたんだ」
月まで三キロ エイリアンの食堂より
「今わたしの中にある水素は、昔、他の誰かが使っていた水素かもしれない。わたしが使っていた水素は、きっといつか他の生き物が使う。わたしが死んだあとも、繰り返し繰り返し、ずっと」
月まで三キロ エイリアンの食堂より
父親がいても、母親がいない寂しさというものは、なかなか埋めてあげることはできません。
その寂しさに触れた彼女は、いったいどんな気持ちでこの言葉を娘に送ったのでしょうか。
想像して、少し心が暖まるような、救われるような気持になりました。
自分が心折れそうな時でも、立ち止まった時でも、関係なく世界はいつも通りに動いているんです。
自分の悩みだって、失敗だって関係ない。
自分を重荷から助けてあげられるのは、「あぁ、そんなものか」と思えるようなきっかけがあれば十分ではないでしょうか。
根本的な解決ができるわけではなくても、それを受け止める自分の心が軽くなれば、問題なんてきっとないのではないでしょうか。
海を見て気持ちが落ち着く、星空を見て悩みが吹き飛ぶ。
科学を通して、近くて遠い自然に心を馳せる。
そんな人の気持ちが少しわかったような気がする作品でした。
息苦しくて自分の内側に閉じ籠ってしまいたい。
そんな時にこそ、大きな世界に触れてみると救われる何かがあるかもしれません。
月まで三キロ (新潮文庫) [ 伊与原 新 ]
月まで三キロ [ 伊与原 新 ]
↑同じ感動を味わってほしくて、単行本の案内も載せてしまいました。
この作品が好きな方へ、個人的におすすめする小説
八月の銀の雪 [ 伊与原 新 ]
伊与原新さんのもうひとつの短篇集。暖かい物語が詰まっています。
流星ワゴン (講談社文庫) [ 重松 清 ]
ドラマにもなった重松清さんの人気作。ままならない人生に救いの光を灯してくれます。


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